大阪高等裁判所 平成9年(ネ)1610号 判決 2000年11月29日
控訴人(第一審原告)
【A】
右訴訟代理人弁護士
平正博
右訴訟復代理人弁護士
三木博
右補佐人弁理士
【B】
被控訴人(第一審被告)
大創建設工業株式会社
右代表者代表取締役
【C】
右訴訟代理人弁護士
久保田寿一
右補佐人弁理士
【D】
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、別紙目録(イ号工法)記載の工法を使用して、杭打工事をしてはならない。
第二事案の概要
本件は、控訴人が被控訴人に対し、その有する後記ホイールクレーン杭打工法に関する特許権に基づき、その特許発明(以下「本件工法」という。)の実施の差止めを求めた事案である。
原審は、被控訴人の本件工法に関する先使用による通常実施権を認めて控訴人の請求を棄却したため、控訴人が控訴を提起した。
一 前提となる事実(証拠を挙示する部分以外については、いずれも争いがないか弁論の全趣旨により認められる。なお、以下、書証の掲記は甲一などと略称し、枝番号のすべてを含む場合はその記載を省略する。)
1 控訴人の特許権
控訴人は、次の特許権(以下「本件特許」という。)を有する。
(一) 特許番号 一四六七四三八号
(二) 発明の名称 ホイールクレーン杭打工法
(三) 出願日 昭和五八年一一月二九日
(四) 公告日 昭和六二年八月五日
(五) 登録日 昭和六三年一一月三〇日
(六) 特許請求の範囲
別紙特許公報の「特許請求の範囲」記載のとおり。
2 構成要件の分説
本件工法は次のように分説することができる。
a 走行できる車台上に架設されたクレーン本体が水平面上で回転自在に設けられ、
b 前記クレーン本体には起伏自在にブームの一端を枢着し、
c 前記ブームの先端にはブーム挿入部を出没自在に設け長さの方向に伸縮自在にし、
d 前記挿入部の先端に連結したアースオーガー装置を有する
e ホイールクレーン車を用いる
f 杭打工法において、
g 前記アースオーガー装置に取り付けた掘進用のスパイラルスクリューに、
h 前記ブームと前記クレーン本体との間に設けた前記牽引装置により
i 前記ブームを牽引しブームに曲げモーメントを与えて、
j 前記挿入部の先端から前記アースオーガー装置に前記ホイールクレーン車のほぼ全重量を乗せて垂直分力を与えると共に、
k ブームの長さをブーム挿入部を引き込める事により逐次縮小させ、前記挿入部の先端に垂直方向の垂直分力を前記アースオーガー装置に加圧しつつ
l 杭打等を行う
m ホイールクレーン杭打工法。
3 本件特許明細書の訂正請求等
控訴人は、鹿島建設株式会社他から提起された本件特許の無効審判請求に対し、同審判手続において、平成七年二月六日、本件特許明細書について、前記構成要件jを「前記ブーム挿入部(6)の先端を介して、前記アースオーガー装置(8)に、最大時前記ホイールクレーン車(1)のほぼ全重量を利用した曲げモーメントに基づく垂直分力を与えると共に」と訂正することなどを内容とする訂正請求を行った(甲一〇)。
これに対して、特許庁は、平成九年七月一七日、訂正後の特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明は本件特許の出願の際独立して特許を受けることが出来ないことを理由に、本件特許明細書の訂正は認められない旨の判断をし、この判断を前提として、訂正前の本件特許について新規性がないため無効である旨の審決をした。しかし、右審決の取消訴訟において、東京高等裁判所は、平成一一年二月一六日、右審決を取り消す旨の判決をし、同判決は確定した(甲九、一六)。
その後、再開された審判手続において、特許庁は、控訴人の前記訂正請求に対し、訂正前の構成要件jに不明瞭な点はなく、かえって、訂正後の構成だと、曲げモーメントはホイールクレーン車のほぼ全重量のすべてを利用するのか、それともその一部を利用するのか明確でなく、特許請求の範囲を不明瞭にしていることなどを理由に、訂正を拒絶すべきと判断し、平成一一年九月二一日、訂正拒絶理由通知書を控訴人に送付した(乙二二)。
4 被控訴人の行為
被控訴人は、アースオーガーを備えたホイールクレーン車を用いて杭打工事を行っている。被控訴人が実施している工法(以下「イ号工法」という。)は、本件工法の構成要件aないしmのうち、jの一部「前記ホイールクレーン車のほぼ全重量を乗せて」の部分を除くその余の要件を充足する。
二 争点
1 イ号工法は、本件特許請求の範囲に含まれるか。
2 被控訴人は、本件特許の工法について、先使用による実施権を有するか。
三 争点に関する当事者の主張
1 争点1(イ号工法の構成要件該当性)について(この争点は、当審において追加されたものである。被控訴人は、原審段階では、イ号工法が本件工法と同一のものであることを認めていた。)
【控訴人の主張】
(一) 被控訴人は、既に原審において本件特許を実施している旨自白しているところ、被控訴人が実施しているイ号工法が本件発明の技術的範囲に含まれないというのは自白の撤回に当たり、認められない。
(二) 本件特許発明の「ホイールクレーン杭打工法」は、アースオーガー装置を地盤に食い込ませるために垂直分力を与えるもの、別な表現をすると、アースオーガー装置を上部からブーム挿入部の先端を介して加圧するものである。そして、何かを加圧すると、作用・反作用の法則により、その加圧した物に加圧に抵抗する力(土木用語で言う反力)が発生する。この反力を受け止めるのにホイールクレーン車の重量、すなわち車体の重みを利用したことが本件特許発明の大きな特徴の一つである。
ところで、被控訴人も、牽引装置の基端はホイールクレーン車に連結され、ブーム挿入部からアースオーガー装置に垂直分力を与えていることを認めている。すなわち、反力を受けるのにホイールクレーン車の重量を利用しているのであるから、イ号工法は本件特許発明そのものである。
もっとも、被控訴人は、イ号工法で使用しているホイールクレーン車のブームを押し下げる力は、車両重量の二〇パーセントに満たない値であり、「全重量」にはほど遠いものである旨主張するが、本件特許の構成でいう「ほぼ全重量」とは、あくまでも力学上原理的に最大で利用可能な車体重量の範囲であり(本件訂正請求で明記し、限定したとおりである。)、この範囲内はすべて本件特許発明の意図するところである。常識的に考えても、岩盤が通常の硬さの範囲の杭打作業では、ホイールクレーン車のほぼ全重量を利用して加圧する必要はなく、通常はこれより相当に下回る加圧であることはいうまでもない。よって、被控訴人が実施しているイ号工法は、本件特許発明の技術的範囲に属する。
【被控訴人の主張】
被控訴人のイ号工法が本件特許発明の技術的範囲に含まれるか否かは、オーガー装置に「前記ホイールクレーン車のほぼ全重量を乗せて」いるか否かによって決まることになるが、通常このように「ほぼ全重量」と言えば「事実上全重量と言って差し支えない程度に全重量に近い値」を指すのが常識である。
しかし、被控訴人が使用しているホイールクレーン車のブームを押し下げる力は、車両の全重量の二〇パーセントに満たない値であり、全重量にはほど遠いものである。
よって、被控訴人が実施しているイ号工法は、本件特許発明の最も重要な構成要件を欠いているので、その発明の技術的範囲に含まれないことが明白である。
2 争点2(先使用の抗弁)について
【被控訴人の主張】
仮にイ号工法が本件特許請求の範囲に含まれるとしても、被控訴人は、本件工法に関する先使用権(特許法七九条、九四条一項)を有している。
(一) イ号工法は、昭和五二年、当時の株式会社寺田組(昭和六一年一月八日株式会社寺田基工に商号変更。以下「寺田組」という。)の代表者であった【E】(昭和六〇年三月七日死亡)において発明されたものである。【E】は、イ号工法のための装置を、当時株式会社寺田組の本店(神戸市<以下略>)の隣にあった合資会社亀井鉄工所に依頼して製造した。
(二) 寺田組は、昭和四二年一一月に設立され、その主な事業は、鉄筋・鉄骨建物の基礎部分の工事の設計・施工であった。昭和五二年頃、寺田組の従業員は九名ないし一〇名であり、四台のホイールクレーンを所持し、これに伴う部材としてアースオーガー四個、オーガースクリュー三〇個、オーガーヘッド三〇個をそれぞれ保有し、更にバッチャープラント(セメントを練る機械)二台、発電機二台を保有していた。寺田組の主な得意先としては、六甲興産株式会社、コスモ商事株式会社、開発商事株式会社があり、これらの会社はいずれもコンクリートパネル、セメント等の建材販売の会社である。寺田組は、これらの会社から発注を受けると、ホイールクレーン他前記部材を用いて作業員が工事作業を行い、土木基礎工事を施工した。
(三) そして、寺田組は、次の各工事を含む工事において、イ号工法による杭打工事等を行っていた。
(1) 阪急電鉄池田駅付近連続立体交差工事
昭和五四年一二月から昭和五六年一一月まで(基礎杭打工事にかかる期間)
(2) 神戸電鉄栄架動橋新設工事
昭和五四年一二月から昭和五五年二月まで(基礎杭打工事にかかる期間)
(3) 神戸電鉄藍那第四拱橋改築工事
昭和五六年一月から同年三月まで(基礎杭打工事にかかる期間)
(4) 奈良県吉野郡川上村立東小学校新築工事
昭和五六年一二月から昭和五七年二月まで(基礎杭打工事にかかる期間)
(5) 国鉄芦屋橋架け替工事
昭和五七年四月から昭和五八年三月まで(基礎杭打工事にかかる期間)
(6) 南海電鉄天見駅複線化工事
昭和五八年六月頃(基礎杭打工事にかかる期間)
(四) 一方、被控訴人も寺田組と基本的に同様の事業を行っていたところ、昭和六二年頃に寺田組が事実上営業を廃止した際、被控訴人は、寺田組の従業員を全員引き続き被控訴人において雇用し、前記寺田組の有していたホイールクレーン車四台その他の部材全部、バッチャープラント、発電機を全部譲り受け、更に前記得意先(工事発注先)及び寺田組が現に行っていた工事現場二箇所もすべて引き継いだ。そして、ホイールクレーン車を使用してのイ号工法を被控訴人の事業に使用している。
したがって、被控訴人は、寺田組から、実施するに足る事業とともに、本件工法についての先使用権を譲り受け、その後も本件工法を実施しているもので、本件工法に関する先使用権を有している。
(五) 控訴人は、寺田組が当時使用していたホイールクレーン車では、ブームの先端で意図的かつ積極的にアースオーガーを加圧しようとしても、アンロードバルブによりある圧力以上には加圧できない旨を主張するが、本件工法のように物体をブームの先端で強く押下する状態は、通常のクレーンの動作では危険状態として想定されていないので、これを行ってもアンロードバルブは働かない。カウンターバランスバルブ及びアンロードバルブは、クレーンの正常な運転時(ブーム倒伏時を含む。)には無関係である。
その結果、ブームを倒す際に起伏シリンダー上部室に供給される油圧は、ブームを起こす際に起伏シリンダー下部室供給される油圧に等しく、したがって、ブームを倒す際にも起伏シリンダーはブームを強く牽引しており、実際に従来のホイールクレーン車を用いた工法においても、寺田組は支障なく杭打作業を実施できたのである。
【控訴人の主張】
(一) 被控訴人が主張する先使用の時期に、控訴人の本件工法を実施できる機能を備えたホイールクレーン車は存在していない。寺田組が株式会社タダノ(旧商号多田野鉄工株式会社。以下「タダノ」という。)製造のホイールクレーン車(TR一五一型)を取得したのは昭和五一年一月三〇日のことであるが、この機種には少なくとも本件工法を実施し得る機能はない。何故なら、従来のクレーン車のブーム起伏装置は、あくまで重量物を吊り上げるためのものであり、原理的に下方にブームを引っ張ってその先端で加圧するという技術思想はなかったからである。
そのため、ホイールクレーン車は、ブームの先端で意図的かつ積極的にアースオーガーを加圧しようとしても、アンロードバルブによりある圧力以上には加圧できないよう設計されている。すなわち、TR一五一型のカウンターバランスバルブ(起伏シリンダーに供給される圧油が一定圧力以上にならないように圧力を制御する弁)の設定圧は一平方センチメートル当たり一六〇±五キログラムであり、この圧力が右機種でいうと最大で約一五トンの重量をブームを吊り下げる力となる。これに対して、アンロードバルブの設定圧は一平方センチメートル当たり七キログラムであり、吊り下げる場合の約二三分の一の設定圧であるから、仮にブーム先端で加圧したとしても右機種では単純に計算して最大で一五トンの二三分の一程度しか加圧できないので、本件工法には原理的に使用できないのである。タダノ製のホイールクレーン車が本件工法を実施し得る機能を有するようになるには、控訴人において本件工法を実施するための改良(起伏用の油圧装置の改造)が不可欠であった(もっとも、現在では、ほとんどのホイールクレーン車は、改造なしに本件構造を実施できる仕様になっている。)。
したがって、少なくとも控訴人が本件工法を実施し得るようにホイールクレーン車の機能を改良する前から、寺田組が本件工法を実施していたということはあり得ない。寺田組が行っていたのは、本件工法とは全く異なる杭打工法であり、寺田組の先使用を前提とする先使用権が成立する余地はない。
(二) ホイールクレーン車を用いての杭打工法は一様ではなく、アースオーガー機を使用して行う杭打ち又は掘削工法(通常アースオーガー工法と言われる。)にも、モーターにより回転力を与える駆動装置・その駆動装置を案内するリーダー・これを懸垂するクローラクレーン・スクリュー及びヘッドなどから構成されるアースオーガー機によりスクリューを回転させてその先端の刃先で土中に食い込ませて連続的に行い、掘削のためにスクリューを押し込む力はスパイラル状の羽根を回転させ、それによる回転力の分力で食い込ませるものと、スクリューの頂部に設けた駆動装置。ウェイト等の自重により行うものとがあるが、このような連続オーガー機はスクリューと同じ長さのリーダーを必要とした。リーダーをなくするには、クレーンのウィンチを使い、既設の被圧入物にワイヤーを引っかけて、このワイヤーをクレーンのウィンチで巻き上げて、その反力で圧入しなければならなかった。
このように、アースオーガーを備えたホイールクレーン車を用いての掘削及び杭打工法は、本件工法以外にもあるから、被控訴人において寺田組からホイールクレーン車及びその他の部材を譲り受けても、それは単に機械を譲り受けたというにすぎず、それをもって「実施の事業とともにする場合」に当たるとすることはできない。
第三争点に対する判断
一 争点1(イ号工法の構成要件該当性)について
1 まず、前記第二の一3のとおり、控訴人は本件特許明細書の訂正請求を行っているが、特許庁が平成一一年九月二一日に改めて訂正拒絶理由通知を行っていることからすると、特許庁において、再度、本件特許明細書の訂正を認めない内容の審判がなされる可能性が高いというべきである。したがって、本件においては、訂正前の本件特許明細書に基づいて、認定・判断を行っていくこととする。
2 ところで、被控訴人は、前記第二の三1のとおり、原審段階ではイ号工法が本件工法と同一のものであることを認めており、当審においても、平成九年一一月二五日の第三回口頭弁論以前は、被控訴人が実施しているイ号方法が控訴人の本件特許の技術的範囲に属する工法であることは争わない旨表明していたにもかかわらず、その後前記のとおりイ号方法が本件特許の技術的範囲に属さないとの主張をするに至っている。かかる被控訴人の主張の変遷は自白の撤回と解されるところ、控訴人は右自白の撤回には同意しないとの態度を表明しているから、右被控訴人の自白の撤回が認められるためには、被控訴人が自白した事実が真実に合致しないということが認定される必要がある(最高裁判所昭和二五年七月一一日判決・民集四巻七号三一六頁参照)。
3 被控訴人は、イ号方法が本件特許の技術的範囲に属さない根拠として、被控訴人がイ号方法で使用しているホイールクレーン車のブームを押し下げる力は、車両の全重量の二〇パーセントに満たない値であり、ホイールクレーン車の全重量にはほど遠いものであるから、「ホイールクレーン車のほぼ全重量を乗せて」の要件(本件工法の構成要件j)に該当しない旨主張する。
しかしながら、被控訴人が平成一一年八月二七日付準備書面添付の技術説明書(二)の一で説明するとおり、理論上、アースオーガーにホイールクレーンの全重量Wを加えるということは、アースオーガーの頂部にホイールクレーンをそのブームの先端で吊した状態(ホイールクレーンが完全に地面から浮き上がった状態)ということになる(甲二〇、別紙図面1参照)。また、それに近い重量をアースオーガーにかけようとするならば、ホイールクレーンの正面でアースオーガーの作業をしている場合、少なくともホイールクレーンの前輪及び車体安定のために突出させて車体重量Wを受けているアウトリーガ装置を地面から浮き上がらせた状態にしなければならないが、これらの想定がいずれも現実に即したものでないことはいうまでもない(甲二〇には、安定的に作業を行うには車体前部のアウトリーガ装置が地表面から浮かないことが必要であり、浮くとホイールクレーン車が転倒することもあり、危険であるとの指摘がある。)。
また、前記被控訴人の技術説明書(二)の二のとおり、現実に本件工法を実施する場合、ブームとアースオーガーとの角度をθとし、アースオーガーに押圧力Wvを加えると、次の式で表されるホイールクレーンからアースオーガーの方向へ向かう水平分力Whが生じると考えられる(別紙図面2参照)。
Wh=Wv・tanθ
そして、ホイールクレーン車が横滑りを起こさず静止状態で安定するためには、アウトリガーとその下に敷かれている鋼板との間の摩擦力F(摩擦係数をKとすると、F=K(W-Wv)で表される。)が右水平分力Whよりも大でなければならず、摩擦係数や、ブームとアースオーガーとの角度によって変動はあるものの、押圧力Wvはホイールクレーン車の車体重量Wより大幅に下回ったものにならざるを得ない(被控訴人は、前記技術説明書において、実際にはアースオーガーの押圧力Wvは車体重量の二〇パーセントを超えることはないと主張しており、この点について控訴人は特に反論していない。)。
以上検討したところによると、本件特許の前記構成要件jにおける「ホイールクレーン車のほぼ全重量を乗せて」は、文字どおりホイールクレーン車の重量に近接する値で加圧するという意味ではなく、「当該ホイールクレーン車でブームの操作によって実質的にかけられる全重量」の意味に理解するのが相当である(そうでないと、本件特許は実現不可能なものとなる。)。そして、イ号工法でアースオーガーにかけられている力が右の意味での「全重量」を下回るものであると認めるに足る証拠はないから、イ号工法と本件工法がこの点で異なるものとは考えられない。
そうすると、右の点を除き、イ号工法が本件工法の構成要件(第二の一2)のすべてを充足していることに争いはないから、被控訴人の前記自白が真実に合致しないとはいえず、被控訴人において、これを撤回することはできないというべきである。
したがって、イ号工法は本件特許請求の範囲に属するものと認められる。
二 争点2(先使用の抗弁)について
1 本件特許公報(甲一)によると、本件特許明細書には次の各記載があることが認められる。
(一) 従来技術について
(1) 「オーガー工法は、アースオーガー機を使用して場所打ち杭、山留柱列、埋込杭などの作業を行う工法である。オーガー工法は、各種の工法が提案されているが、このなかで連続オーガー工法はとくに知られている。連続オーガー機を一般にアースオーガーと称し、モーターにより回転力を与える駆動装置、この駆動装置を案内するリーダー、これを懸垂するクローラクレーン、スクリュー及びヘッドなどから構成される。」(2欄11行ないし19行)
(2) 「この掘削は、スクリューを回転させてその先端のヘッドの刃先で土中に食い込ませて連続的に掘削するものである。掘削のための押し込む力は、スパイラル状の羽根を有するので回転させれば回転力の分力で食い込ませていくのと、スクリューの頂部に設けた駆動装置、ウェイト等の自重により行っている。この連続オーガー機はスクリューと同じ長さのリーダーを必要とする。」(2欄22行ないし3欄1行)
(3) 「また、リーダーを無くするためクレーン機のウィンチを使い、既に埋設された被圧入物にワイヤーを引っ掛けて、このワイヤーをクレーン機のウィンチで巻き上げてその反力で圧入するものもある。」(3欄3行ないし7行)
(二) 発明が解決しようとする問題点について
「従来の連続オーガー機は、長いリーダーを必要としこれに平行にスクリューを設け、このスクリューを原動機として内蔵したアースオーガー装置で駆動し、このアースオーガー装置をリーダーで案内しながら掘削していた。このため堅い岩盤の場合はスクリューを押し込む力が不足し掘削が困難であった。アースオーガー装置にウェイトを乗せて押し込み力を倍加する方法もあるが構造上の制約もあり充分な押し込み力を発揮できなかった。」(3欄9行ないし18行)
「また、ワイヤーの力で押し込む方法は予め埋設したものが必要であるし、かつ埋設物を反力に利用するので圧入力に限界があった。したがって、従来のオーガー工法は堅い岩盤にはいずれも適用できなかった。本発明は、硬い岩盤でも圧入できる新規なホイールクレーン杭打工法を提供することにある。」(3欄19行ないし25行)
(三) 実施例について
「アースオーガー装置8に取り付けたスパイラルスクリュー11をa点上に置き掘進を開始する。アースオーガー装置8の原動力は電動機による回転である。掘進が進むに従ってスパイラルスクリュー11の上端は降下するから、ブーム4自体も角度θを変えることになる。(第3図参照)
この為ブーム4は縮少し全長を短くすると同時に角度θも少になる。この間、牽引シリンダー装置7を流体圧の力よりブーム本体5を牽引しブーム4に曲げモーメントをかけると、ブーム4等ホイールクレーン車の全重量が、垂直にスパイラルスクリュー11に作用し、強い押圧力となって作用する。理論的には、最大でアースオーガー8の重量、ブーム本体5の重量、クレーン本体3の重量が全てケーシング10の押圧力になって作用する。」(4欄23行ないし36行)
(四) 効果について
「本発明は次のような効果がある。
(イ) ホイールクレーン車を利用するのでその自走性を利用して遠距離地域での作業が可能である。
(ロ) 牽引シリンダー装置とブーム等の自重とによって押圧力を垂直に打杭又は掘進方向に作用させるので在来の如き振動、騒音は全く伴わない。
(ハ) 本発明にはリーダー、支柱等の如き補助的装置は全く必要がないので、これ等を準備、設置する費用と手間が省けると共にこれ等を設置する平面積が要らないから、狭い場所でも作業が可能である。実績によれば既設建造物から15㎝の距離に近付いて作業ができる。
(ニ) 牽引シリンダー装置を利用してブームを倒しつつ押圧力を杭打方向に加え得るから、掘進の為に強力な押圧力が加えられるので、硬質地盤でも掘進、杭打込み等が可能である。
(ホ) 水平方向に360度回転する事と、ブームの伸縮することにより地盤上の掘進、打ち込みをする位置、方向を選ばず施工できる。
(へ) 高所、低所等段差のある場所でも、リーダー、支柱等を要しないので直ちに、任意に打込み等の作業ができる。」(5欄8行ないし6欄9行)
2 証拠及び弁論の全趣旨によると、次の各事実を認めることができる。
(一) 控訴人が当初本件工法を実施する際使用していたホイールクレーン車は、タダノ製のTR一五一型であった。また、控訴人は、アースオーガーをホイールクレーン車のブームの先端に取り付ける装置(アタッチメント)を、タダノに発注して作ってもらっていた。このアタッチメントは、従来のリーダー等を用いる工法でもアースオーガー取付けの際に使用することができたが、ホイールクレーン車を杭打工法に用いるとき以外には控訴人においても使用していなかった(甲六、七、控訴人)。
(二) 寺田組は、昭和五一年一月三〇日、昭和五二年二月二八日、同年八月二五日の三回にわたり、タダノからTR一五一型ホイールクレーン車を合計三台購入した(甲八の6、8、9、乙二)。
(三) 寺田組の代表者であった【E】(昭和六〇年三月七日死亡)は、昭和四五年頃、トラッククレーンのブーム先端にアースオーガーを取り付け、クレーンのブームの重量及びそれを下ろす力を利用してアースオーガーを押さえつつ掘削するという工法を考案した。そして、【E】は、これを「アンギュラス工法」と称し、鉄工所に勤務する【F】に依頼して、三トン車と五トン車のブームにアースオーガーを取り付けるためのアタッチメントを作らせ、工事現場で右工法を実施した。
【E】は、前記ホイールクレーン車三台を購入したときも、【F】に依頼して製作させたアタッチメントでアースオーガーを右ホイールクレーン車に取り付けた。そして、これらとほか一台の合計四台のホイールクレーン車を使って、第二の三2【被控訴人の主張】(三)(1)ないし(6)記載の各工事において、同項記載の各時期に「アンギュラス工法」を実施した。これらの工事のうち(1)、(4)、(5)の工事現場を撮影した写真によると、ブーム先端のアースオーガーの先にオーガースクリューとヘッドが取り付けられているが、アースオーガーの動きを支持するリーダー、支柱等の補助的器具は使われていない。
(乙一、四、二一、弁論の全趣旨)
(四) 被控訴人は、寺田組に対し基礎工事の下請発注をしていたところ、寺田組は、【E】の死後、昭和六二年頃に手形不渡りを出して営業を廃止した。被控訴人は、寺田組の従業員八名を引き継いで雇用し、前記の分を含むホイールクレーン四台を含む「アンギュラス工法」実施に必要な機械工具類一式及び取引先(工事の受注先)を譲り受けた。被控訴人は、右ホイールクレーン四台のうち二台を有限会社央基礎工業に譲渡し、残り二台はいったんローン会社である東京産業に引き上げられたものの、内一台を買い戻し、その後新たにホイールクレーン車を買い足し、【F】に製造発注したアタッチメントを取り付けて、現在六台でイ号工法を実施している(乙六、二一、被控訴人代表者)。
3 前記1の本件特許明細書の記載によると、控訴人の本件工法は、従来の連続オーガー工法がリーダー等の支持機材を使用することもあってアースオーガー自体の重量以上に加圧して掘進を促進することが困難であったのに対し、それまでアースオーガーを吊り上げる機械としてのみ考えられていたホイールクレーン車に着目し、牽引装置によってブームを牽引することでアースオーガーを加圧する(いわば、吊り上げるのではなく、押し下げることになる。)という着想を得た点に特徴を有するものであると解される。
4 ところで、前記2のとおり、控訴人が本件工法の実施のために使用したホイールクレーン車と寺田組が使用していたものは、いずれもタダノ製造のTR一五一型で、同一の機種である。また、アースオーガーやオーガースクリューその他使用する機材もすべて同一であって、本件工法以前の連続オーガー工法で一般的に使用されていたと控訴人が供述するリーダー等は寺田組も使用していない。そうすると、寺田組がこれらの機材を使用して実施していた杭打工法は、前記3と同一の技術思想に立脚し、本件工法と同様の方法で行われていたものと推認するのが相当である(もっとも、控訴人の陳述書(甲二五)では、ホイールクレーンでアースオーガーを吊り下げて、杭を打ちたい場所に移動し、アースオーガーの回転駆動のみで地盤を掘削する方法もあった旨記載されているが、前記2(三)の工事現場写真(乙一)の工事現場がいずれもアースオーガーの駆動のみで掘削できるような軟弱な地盤であったとは直ちに考えがたい。)。
これに加えて、本件工法が、アースオーガーに加える垂直分力に関して、前記のとおり「ホイールクレーン車のほぼ全重量を乗せて」と表現するのみで、具体的な数値限定は「特許請求の範囲」欄にも「発明の詳細な説明」欄ないし「実施例」欄にも一切行われていないことに鑑みると、寺田組が行っていた「アンギュラス工法」は、本件特許請求の範囲に含まれる工法であるといえる。
5(一) この点について、控訴人は、タダノ製TR一五一型ホイールクレーン車は、ブームの先端で意図的かつ積極的にアースオーガーを加圧しようとしても、アンロードバルブが作動するため、ある圧力以上には加圧できないよう設計されており、本件工法を実施し得る機能を有するようになるには、控訴人において本件工法を実施するための改良(起伏用の油圧装置の改造)が不可欠であったと主張する。
しかし、寺田組が保有していた三台のTR一五一型ホイールクレーン車のうち、昭和五一年一月三〇日に購入したものはアンロードバルブを備えておらず(甲八の6、乙一九)、当該ホイールクレーン車に関しては、アンロードバルブの存在を前提とした控訴人の右主張は失当というほかない。
また、他の二台については、アンロードバルブが設けられており(甲八の8、9、乙一八)、甲三の3(三頁)のマニュアルコントロールバルブの断面図を見ると、なるほど、起伏用切換バルブ②の下部位置にアンロードバルブ⑨が配置され、起伏シリンダーの油路を切り換えるための起伏用切換バルブ②の油路とアンロードバルブ⑨の油路は連通していることが認められる。しかしながら、他方、甲三の3(二頁)には、アンロードバルブは、ポートがベント用のシャトオフソレノイドバルブに連結され、AMLの一〇〇パーセント検出時、フックの過巻時、伸縮の誤操作時にのみシャトオフソレノイドバルブが開き、それと同時にアンロードバルブ内のチェック弁を保持していた圧力が抜けて、クレーン作動圧油がタンクに連通され、クレーン作業が停止する旨が記載されている。そして、「AMLの一〇〇パーセント検出時」の意味について、被控訴人は、過負荷防止装置が、ホイールクレーンに対して危険な方向に働く吊下荷重、ブームの長さ、ブームの仰角、アウトリガーの張出距離などを総合して危険度が限界に達したことをいうと説明しているところ、これについて控訴人側からの反論はない。
そうすると、過負荷防止装置において限界の危険状態が検出されるようなクレーン操作を行わない限りアンロードバルブは作動しないのであり、起伏シリンダーでブームを牽引して倒伏する動作は、ごく通常のクレーン作業で行われるものであるから、その動作自体で過負荷防止装置が危険状態を検出するとは考えられない。したがって、寺田組保有のホイールクレーン車で本件工法を実施する際、起伏シリンダーでブームを牽引してもアンロードバルブは作動せず、ブームを倒す際にシリンダーの上部室に供給される油圧の上限値は、ブームを起立させる際にシリンダーの下部室に供給される油圧の上限値(リリーフバルブで規定される一平方センチメートル当たり一六〇±五キログラム)に等しくなると考えられる。
(二) また、控訴人は、本件工法を実施するためにはブームの厚さ等も特別に補強する必要があり、既製のブームで本件工法を行うとブームが折れてしまう旨供述し、その裏付けとして、杭打機使用に適合するようにブームの強度を補強した旨のタダノ担当者の証明書(甲二三)を提出する。しかし、右証明書は、控訴人の要請に応じて行った改造工事の内容について陳述するものにすぎず、本件工法を実施する際に必ずブームの強度補強が必要とされることを示すものではないから、これのみをもって控訴人の右供述の十分な裏付けとすることはできず、他に裏付け証拠がない以上、控訴人の右供述部分を直ちに採用することはできない。
(三) さらに、控訴人は、TR一五一型ホイールクレーン車で本件工法を実施するためには特別な改造を要したが、現在では、ほとんどのホイールクレーン車で、改造なしに本件構造を実施できる仕様になっていると主張する。しかし、控訴人の本件工法実施当初と現在とで、ホイールクレーン車の油圧回路ないしブームについてどのような仕様変更がされているのか、また、そのことと現在のホイールクレーン車が支障なく本件工法を実施できることとどう関連するのかなどについて、具体的な主張立証は全くない。
したがって、控訴人が指摘する諸点をもって、前記2、4で説示した寺田組による本件工法の先実施の認定・判断を左右するには足りないというべきである。
6 前記2(四)の事実によると、被控訴人は、寺田組の「アンギュラス工法」を、それを実施するに足る寺田組の事業とともに承継し、イ号工法として継続的に実施して現在に至っていることが認められる。したがって、被控訴人は本件特許に関し先使用による通常実施権を有するといえる。
第四結論
以上の次第で、控訴人の本件請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから、本件控訴は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鳥越健治 裁判官 若林諒 裁判官 西井和徒)
<以下省略>